虚子百句 【五】
 秋風や眼中のもの皆俳句     『五百句』所収(明三六)
 何とはなしに寂しさが纏い付き、物思いにさせる秋風ではある。そんな秋は、作句の意欲もいや増すほどに、目に触れる物が懐かしくて且つ、親しく、ものの哀れが思われる季節でもある。
 自然の中にこころを戻してものを詠う俳句は、この句のように全てが作句の対象になり得るのである。目に見える風景で俳句にならぬものとてはない。ものの存在する姿そのものが既に真実であるからであろう。自在に快調に俳句が出来るときなどは、思わずこの句が口を突いて出て来ることがある。しかし、この句は、そんなことを言って居るのではない。あらゆるものの存在が、否定することの出来ないものを内包して居て、そのものの真に触れることが俳句の世界であると逆説的に思えてくるのである。いずれにしても俳句そのものの姿をこの句は教えているようでもある。
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