虚子百句 【四】
 耳とほき浮世の事や冬籠     『五百句』所収(明三一)
 冬籠というと、今では何か時代がかったような響きがしないでもないが、昔と今では程度の差こそあれ、 やはり冬に入れば家に籠もるという思いはするものである。 厳しい冬の寒さと同居することへの人の慎みが感じられる言葉としても、わたしには、なんとなく親しみがもてる好きな季語の一つである。
 植物も動物もじっとして時を待つという静かな眠りの季節の中でものが考えられている。心も籠もりがちな冬を迎えて、ひたすら文学と向き合っている自分の姿を思うと、そこには、政治や経済、世事などにも疎い暮らしをしている自画像が見えて来る。世間から見れば、世間並でない掛け離れた異端な世界にいる自分である。そのような消息を「耳とほき」と言っているようにも思える。が、とは言っても、そんなことは百も承知で、自分の信じるところを押し通していく強い信念と自信に満ち満ちた作者の姿が、 炙り出しのように見えて来るのである。けっして耳は遠くはないのである。
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