虚子百句 【一】
 春雨の衣桁に重し恋衣       『五百句』所収(明二七)
 句集『五百句』冒頭に載る。この句を始とし、明治24年から昭和34年までの68年間、その間20万句以上ともいわれる作句を以って多くの句集が世に出された。
 句は虚子20歳のときの作。既に同郷の子規との交友も3年を経ている。当時、京都第三高等中学校に在学中の虚子は、その年、東京根岸の子規庵に寄寓したりしている。
 句を作り始めた初期の作としても、年齢に似合わず老成した哀歓を漂わせている。既製の絵巻を観るようで、それだけに句柄の古めかしさはいがめないが、源氏物語の場面を彷彿させるような棄て難い味わいがある。恋に身を窶した衣が春雨に濡れて重たげに衣桁に掛けられている。その重たさが、やるせなさの質感を暗示して句の味わいを深くし、読者をひきつける。
 この句の中に降る、斯くも美しい春雨を現実には見続けることは出来ない。やはり詩の世界に降りつづける春雨である。
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